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おくぬ〜の『来た球を打つ!』

スイスと日本で活動する舞台俳優奥野晃士(あきひと)のブログ。

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静岡ステイ‼️

9/24のラバヤデール~幻の国~鳥取公演無事終了しました。
本当に充実した素晴らしい機会だったと感謝しております。

静岡に帰ってきたのが9/26夕方。
前日は大阪でも仕事があったので、新幹線の中で珍しく爆睡してしまったりと、
くたくた の中で静岡駅 に降り立ち、改札を出たところで、
秘書の方と改札に入ろうとする川勝平太静岡県知事にばったり‼️
ご挨拶が出来ました。
知事は何度もSpacに足を運んでくださってるし、
私も県の行事などのパフォーマンスでよんでいただいたりして、
挨拶させていただいたりしていたので、名前と身分を名乗ったら
すぐ思い出してくださり、近年の新潟での活動の報告が出来ました。
川勝知事「がんばって‼️」
ワシ「有難うございます。失礼します‼️」
と別れたあと、一緒に写真を撮ってもらえたらよかったと思い立ち、
改札を入って知事のあとを追おうとするも、
駅員「ちょいちょい‼️」
と、止められる。
とっさに
ワシ「知り合いに挨拶したらすぐ戻ってきますんで‼️」
というと、
駅員「入場券を買うか、知り合いに戻ってもらってくださいね💦」
だと。
こんな時は硬いことを言う駅員がいない、ヨーロッパの自己責任社会がが懐かしい。
大急ぎでチケットを買って、改札を通り、知事のあとを追うも、
人ごみに紛れた知事の姿を見つけることはできなかった。😰💦💦💦
東京行きに乗られるのか、はたまた名古屋方面か‼️
考える前に駆け上ってたのは、名古屋行きのホームへ続く階段だった。
でも5時半過ぎの新幹線のホームはサラリーマンで結構ごった返していたが、
何の確信もなく20メートル位歩くとホームに佇む知事を発見。
ワシ「写真を撮っていただいてもよろしいでしょうか?」
川勝知事「いいよ、撮ろう」
秘書の方にとっていただいたのがこのショットです。

再びご挨拶して知事は新幹線に乗り込まれましたが、
気がつくと先ほどまでの疲れは嘘のように消えていて、元氣をいただきました。
いや~すごい陽のエネルギーでした。
久々に横綱級のパワーを感じました。💪💪💪💦
このあと、10/10に歴史演談を上演させていただくマルヒラ呉服店へ、
チラシを引き取り、

七間町をハシゴし、狐ヶ崎スノドの読む会に行き、
翌日も目一杯各地をまわれたのも、
川勝知事から頂いたエネルギーの力のような気がする。
翌日は営業デー、市役所の打ち合わせからタカラ堂、
再び市役所広報課、そして県庁へ。
県庁記者クラブから総務課、文化政策課、

昔お世話になった役人さんに挨拶、
すると、
かごしまの地域創造のワークショップでご一緒した役人さんにばったり。

その後、働く女子大学、リビング、清水でびあぼんさんと合流して、鉄舟寺、
もでらあと、

梅蔭寺前の次郎長の活動をやってるお茶やさん、
清水市民活動センター、
そのあとジャズピアノの栗田丈資さんのお店に突撃‼️
そのあと家の敷地に車を置かせていただける友人に
日本平のパークウエイに向かう以前はライダーズバーだった、
超美味しいハンバーガー屋さんジャッカルに連れて行ってもらった。

バーガーすごかった。
これだけ1日で回ったらさすがに疲れたが、
でも充実した1日だと言えるのも、我ながら不思議だった。
川勝知事有難うございました。
静岡を盛り上げていきたいと思います。


ではまた❣
奥野晃士

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べセトポスター

こんにちは~~☂️
劇場2日目、入り口にはベセト演劇祭のポスターが出されてありました。

かなり可愛いと思います。
そして明日ゲネプロです。
頑張ります。

奥野晃士

米子1日目終了😅

Noism劇的舞踊ラバヤデールの公演の仕込みが始まりました。

米子は生まれて初めていう認識だったが、
会館の中庭に見覚えがあるなと思っていたら、

2005年に鈴木忠志演出のディオニュソスで
一度きたことがあるらしいとのこと。
全くそんな記憶も思い当たらなかったところを見ると
よほど激忙だったのだろう。

場ミリをとって終了。
13時からぶっ続けのリハにダンサーさん達は汗だくでした。
奥野晃士

鳥取へ‼️

台風が近づいてるようですが、ラバヤデール鳥取公演のために
新潟を離れ、鳥取へ向かいます。

奥野晃士

パラリンピック閉幕😳

新潟に来た時は初日に劇場の隣の敷地の白山神社さんにいつも参拝してますが
滞在後半になってようやく行けました。
今日から新潟を離れ、鳥取は米子入りです。
リオ閉会式で世界に勇姿を見せてくれた大前隊長に乾杯‼️

奥野晃士

鳥取公演に向けて🌝

新潟に来て、4日目、
各地でセンセーションを巻き起こした
ラバヤデール鳥取公演の稽古も順調にきております‼️

明日通しなので、溜まりに溜まった色々な疲労を解消するため
Noismダンサーさんたち御用達の村田接骨院に行ったら、
佐和さんとばったり。

Noism0を終え、愛と死に向かい合った先月があったからか、
バヤデールもさらに熟成された感じで共感しております‼️
明日の通し稽古頑張りましょうね~😉✨✨✨



『ラ・バヤデール〜幻の国〜』鳥取公演についてはこちら


奥野晃士

お寺ツアーを終えて。🙏🙏🙏

9/11の東壽院をもちまして
今期のお寺ツアー無事終えることができました。

写真 福西重夫
ご来場頂きました皆様本当にありがとうございました。
今回は真田幸村と山岡鉄舟を取り上げたが、
そもそも幸村人気は周知の通りだが、
意外にも鉄舟の人気が高いことに驚いた。
命もいらぬ、名もいらぬ、地位も名誉もいらぬ者こそ、
始末に困る‥とは西郷の言葉だが、
幸村を見てもそうであるように、今歴史上の人物でそういうタイプの人物が
脚光を浴びているように思う。
下田宝福寺にしても最終日の但沼町の東壽院にしても、
鉄舟だからと詰めかけてくれたお客様が多かった。
東壽院に至っては、静岡鉄舟会のお歴々がででーんと目の前にいらっしゃって、
本を自費出版された理事長さんなんかは眼光鋭く、若干ビビりましたが、
本も頂き、優しくご指導もしてくださいました。

お寺への問い合わせも多かったようで、口コミもあって、
東壽院は下田、沼津につぐ集客数でした。
西洋列強に次々と支配されていて、日本がアジア最後の砦だった時代、
主君の命を救い、日本を破滅から救った英雄だが、
そのことを誇ることなく、敗者の側にひたすら謙虚に寄り添いながら生きた姿は、
日本が生み出した武士道という哲学の中で、究極の形を体現した人物であるように思う。
そんな鉄舟の書が東壽院には残されていた。
無所得という言葉からも、彼の人となりが伝わってくる。
終演後思わず魅入ってしまった。

終演後は近くのお店で檀家の皆様と反省会。
静岡でも但沼町というと、あの山奥の⁉️という反応をされるほど、
交通の便も今ひとつなのだが、
昔は甲州へ至る宿場町として栄え、
昔は映画館や芝居小屋、遊廓まであったそうだ。
今は風光明媚な田舎町なのだが、
都会に育ち、有名俳優若林豪さん譲りのイケメンなのに、
土地の人々に愛される存在になってる宗温さんも、
相当な修行をされたに違いない。

お寺には地域のセンターの役割があったが、
顔の見える社会を形成する上で、その役割は大きいはず。
しかし都会は特にお寺を中心としたコミュニティは今や希薄になりつつあるが、
田舎ではまだまだそんなお寺の伝統が垣間見られてホッとする。

恐るべし‼️下田という歴史タウン😅

おかげさまで下田での歴史演談は
ピーカン照りの中、無事盛況のうちに終わりました。

写真 中川織恵
下田での公演は二回目、
それ以前にもリーディングカフェやワークショップなどで何度も訪れており、
萩原さんはじめ、皆様いつも本当に温かく迎えてくれる。

それと、やはり開国の町だけに歴史に詳しい人もいっぱいいて、
ついつい話に夢中になってしまいます‼️
終演後、地元の方々が開いてくれた打ち上げでもりあがった時、
唐人お吉研究家の杉本さんから明治13年に宝福寺に山岡鉄舟が一ヶ月逗留した事実を踏まえ、
いろいろ面白い話が聞けた。

会場は三島由紀夫も通ったハーバーライトというバー。

明治13年にお吉さんの甥っ子が23歳の若さで死んでしまうのであるが、
もともと菩提寺だった位が高いA寺に葬らず、
無縁仏も受け付ける宝福寺さんに葬ったそうだ。

杉本さんが推測するに、
A寺で埋葬を断られたので、宝福寺に埋葬したというのが、
推理として成り立つ。

そして、
その年に宝福寺に山岡鉄舟が逗留してるというので、
周辺のお寺の住職が集まり、
書を所望したそうだが、
A寺の住職には
「心の鬼を払え」
と書き、
宝福寺の住職には
「南無阿弥陀仏」
と書いて送ったとのこと。

(お吉さんのお墓にお参りする観光客にお吉の解説をする奥様)
このエピソードと、
お吉さんの甥っ子のエピソードを重ねて考えた時、
鉄舟とお吉が実際に会ってた可能性すら感じられるという。
つまり、
お吉の甥っ子の埋葬を断った格式が高いA寺というお寺、
死んだら誰もが仏ということで無縁仏も誰も彼も引き取る宝福寺、
鉄舟がお吉から甥っ子の死にまつわるエピソードを聞いていたからこそ、
A寺にこの言葉が送られ、宝福寺にはお吉の甥っ子の鎮魂もこめて、
この言葉を送ったのではないか⁉️
鉄舟の人柄から考えて、庶民の側にたって権威者に一言するというのは、
大いにあり得ることだと思う。
ちなみにお吉が雇われマダムをしてた安直楼は
ハーバーライトのすぐ近くに当時のままの姿で現存する。
これもロマンをかき立てる。
今朝は雨の中下田駅前のふろんとさんに挨拶に行ったら、
歴史演談やリーディングカフェでお世話になった二階の白龍亭で、
伊豆4校の高校写真部の合同写真撮影会のガイダンスが行われていた。

下岡蓮杖の出身地だけに、写真熱も高い。

鉄舟と次郎長、一旦今日の夜の東壽院での公演で、
ツアーはおひらきになる。

天気が持てば良いんだが。

奥野晃士

行ってきました牧之原市坂部😁💦💦💦

前回はマネージャー的な仕事を買って出てくれた
タカラ堂の大森さんが居たので心強かったが、
今回は私一人で年末の歴史演談の打ち合わせに行ってきました。😅💦💦

牧之原は私のライフワークである
茶畑開墾した幕臣の話の聖地‼️

風景を眺めるだけでも農作業に従事する侍たちの姿が浮かんでくる。
武田の居城だった勝間田城の跡に行ってきた🏯


急な斜面でしたが、

絶景が広がってました。
こちらでも公演をさせていただくことになりました。
12/11  侍たちの茶つみ唄をベースに、地元の偉人、本間賢三翁の物語です。

坂部区民センターはとても素敵な建物です。
歴史演談実行委員会の皆様、よろしくお願いします。

明日は下田、明後日但沼町も、ご期待くださいませ。

奥野晃士

伝馬町での鉄舟西郷会談😉✨✨✨

江戸無血開城を語るときに

勝と西郷の田町での会談は有名だが、

その前に静岡の伝馬町で大方の流れは決まってたということは

あまり知られてない。

幕府側の山岡鉄舟が命をかけて主君慶喜の助命を求めて西郷と面談した。

それがこの場所、ペガサートの前に石碑がある。


近くによると、


おまちに来た時は是非ご確認ください。


明日は下田、明後日は但沼町で歴史演談開催します。


お誘い合わせの上、是非いらしてくださいませ。
奥野晃士

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