おくぬ〜の『来た球を打つ!』

スイスと日本で活動する舞台俳優奥野晃士(あきひと)のブログ。

6月9日 川勝平太知事が歴史演談に………くるーーーーっ!

こんにちはー

一ヶ月ぶりに静岡に帰ってきまして、
早速6月9日から藤枝おんぱく参加の
『ふじのくに歴史演談と藤枝の民話』本番です。

昨日は6月9日蓮生寺組山田愛さんの所属するユニークポイントのアトリエ
白子小劇場(仮)に、松尾勉さんにも来てもらって
打ち合わせと稽古、

今日は6月11日鬼岩寺組のびくの会阿部先生と陶芸センターの前田さんにきてもらって
じっくり稽古をした。

その最中、いつも歴史演談をみにきてくださる湖西の田内 県議から電話があり、
川勝知事が6月9日の蓮生寺での歴史演談に挨拶に来てくださるとのこと。

藤枝おんぱく参加
ふじのくに
歴史演談と藤枝の民話お寺ツアー
 2017   

6月9日(金)19時     於 蓮生寺

蓮生寺についてはこちら



鬼岩寺の黒犬の物語は藤枝の民話の中でもとても有名。

東海最強とうたわれた鬼岩寺の飼い犬(オオカミとのハーフ?)クロは、
参覲交代のおり、土佐犬との試合を申し込まれるが、
試合当日、背後の山から地鳴りのような犬の吠え声に
さしもの凶暴な土佐犬も尻尾をまいて戦意喪失する………という話、

化け物の岩は、弘法大師空海が登場し、祈祷で化け物を岩に閉じ込めるというもの。
この岩を鬼岩といい、このお寺を鬼岩寺、お寺の一体を鬼岩寺村と呼ぶようになったとのこと。

どれもとても面白い民話だ。

そして、プログラムにはないのだが、後半は、
牧之原開拓の中でも数少ない恋愛劇を上演することにした。

阿部先生と前田さん、
この二人に村田保と薄根まつに扮して上演してもらうことに。

この二人は許嫁だったが、
村田が新政府に仕官したために
父親が激怒、破談になってしまう。

やがて、東京で学問の道に進んだ村田だが、
まつのことが忘れられず、牧之原に足を運ぶのであるが………

これまで一回しか上演したことがないこの作品だが、
牧之原の茶畑の陰にこのようなエピソードがあったとおもったら、
緑一面の風景も深みが増す。



6月11日(日)18時     於 鬼岩寺
第一部
『鬼岩寺の黒犬伝説』
田中城主本田公は鬼岩寺のクロと土佐犬シロを闘わせるが、狼の血を引くクロが勝ち、怒った本田公はクロを始末しようと家来をけしかける。クロは井戸に身を投げるが………。
第二部_
『化け物の岩〜弘法大師の鬼退治〜』
弘法大師が旅の途中に藤枝に立ち寄った折、大勢の人が鬼に襲われ、苦しんでいた。大師は人々を救うべく法力をもって鬼を大岩の中に閉じ込めた。
会場:鬼岩寺(〒426-0025 静岡県藤枝市藤枝3丁目16−14電話: 054-641-2932)
動読:奥野晃士、阿部けい子(びくの会)、前田直紀(陶芸家)  
演奏:ムッシュびあぼん(民族楽器)

参加費: 2,000 円(大学生以下1000円、小学生以下無料)
✳呈茶サービスあり 呈茶: Tea-plan't 大川雅代(日本茶インストラクター)
定員70 名( 最少催行人数20 名
申し込み:070-5332-3955 (藤枝おんぱく事務局)
主催:街援隊アート・ムーブ
協力:蓮生寺、大慶寺、鬼岩寺、びくの会、Tea-plan't、ユニークポイント
藤枝おんぱく公式ウェブサイト 
https://shizuoka-onpaku.jp/fujieda/

ではまた!




奥野晃士



スポンサーサイト

大慶寺の久遠の松

グリューエッツィー

いよいよ本日フライトです。
藤枝には日蓮上人ゆかりのお寺がある。

大慶寺といって、立派な松の木が境内にあることで有名。
「久遠の松」(県天然記念物・日本の松100選)この木は日蓮上人が自分の手で植えたと伝わっている。

実は徳川家の幕臣には日蓮宗の信者が多かったそうだ。
そもそも徳川家康の愛妾お万の方が熱心な日蓮宗の信者だったといい、
二人の息子、頼宣、頼房がそれぞれ、紀州藩、水戸藩の藩祖となったわけで、
御三家のうちの二つの家の藩祖を生んだことになる。

暴れん坊将軍といわれる8代将軍吉宗以降の将軍は皆お万の方の血をひいているということになる。

今回『海舟のくれたピストル』では、
徳川家と日蓮宗のゆかりの深さや、
海舟が母信子の老後を静岡ですごさせようと家を建てたことや、
母の死後、沓谷の蓮永寺に葬ること、
そしてこの蓮永寺はお万様によって駿府城の鬼門の方角にたてられた
日蓮宗のお寺ということ………

などの事実も含めてお伝えする。


今回の大慶寺は、もともと田中城の祈願寺とされ、
田中城主太田資直の墓や、
城主が本多家の頃には田中藩家老の大半が檀家となっていたため「さむらい寺」とも呼ばれていたそうだ。


境内には、日蓮上人ゆかりの松が立派な枝ぶりを見せてくれる。
大慶寺をひらいた道円・妙円夫婦が日蓮聖人の説法教化を受け、
本尊と毘沙門天を授与されたときに植えられたそうだ。

その辺のエピソードを知ったうえでこの「久遠の松」を仰ぎ見ると
そのありがたさがさらに輪をかけて伝わってくるというものだ。

大慶寺


ご出演いただく片山梅乃さんは
郷土の昔話を語り伝えて20年のびくの会の語り部で
もと小学校の先生。
歴史にも大変お詳しい。
片山梅乃大慶寺




脇田治美さんは『My town』に出演。
とても頑張って取り組んでくれてた。

DSC_0823 のコピー


演奏は永吉真弓さん、
パーカッショニストだ。

17837576_1404718096252035_1080231025_o.jpg


ぜひ楽しみながら地域の歴史に親しんでいただきたい。

IMG_6556 のコピー
IMG_6484 のコピー





奥野晃士





奥野晃士




日本一の剛の者!熊谷直実ゆかりの蓮生寺

グリューエッツィ

6月になっていよいよ日本への帰国が近くなってきました。
段取らないといけないことととか目白押しで、
その上また飛行機に乗って半日以上かけて帰国するかと思うと
かなりげんなりする。

歴史演談を楽しんでいただくために、
今回のテーマとなるお寺にまつわる話を紐解いていきたいとおもうのだが、
6月9日からはじまるお寺ツアーの最初の蓮生寺さんの蓮生は、
このお寺ができるきっかけになった伝説の僧侶の名前でもある。

法力坊蓮生はもとはといえば侍である。
名を熊谷直実といった。

naozane01.jpg

源平合戦が好きな方にとっては馴染み深い名前である。
舞台関係者のなかにも鋭い人は「どっかで聞いた事ある」名前ではないだろうか。

埼玉県には今も熊谷市として残っているが、
この熊谷が直実の故郷である。
父の直貞は土地の領主であったが、直実3歳の時に死に、
叔父に育てられている。

1184年、富士川の戦い、一ノ谷の戦いでは義経に従って、武功をあげる。
直実は源平合戦の中でも、常に先陣を切って 敵陣に挑んでおり
戦国時代の武将として幾多の敵を打ち取ってきた兵(つわもの)である。

しかし、その後の人生を変える出来事が一ノ谷の戦いで起こった。

有名な鵯越の逆落としでも一番乗りの直実は、
直実は海辺を逃げる平家の若武者を追い詰めた。
が、敵は息子ほどの若さであるのに驚き、逃がそうとするが………

image1910.jpg


しかし、味方が追ってきたため 仕方なく打ち取る。

後日、打ち取った若武者が17歳ほどの平敦盛であると知り、
斬りたくない相手も切らなければならない武士の非情さや世の無情さに苛まれ、
後悔の念を抱くようになる。

これが、直実がのちに仏門に入る大きな動機となったといわれている。

直実が敦盛を打ち取るという戦の非情さ、無常感を表す「平家物語」のエピソードは脚色されて、
「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」として歌舞伎の人気演目の一つになったそうだ。

image88.gif


1190年、直実は敦盛の7回忌に高野山に熊谷寺を建立し、敦盛の供養塔を建てている。

その後直実は京都で法然上人に弟子入り、蓮生(れんせい)と名乗り、
修行の日々を送る。

image1623.jpg

各地で数々のお寺を開基にかかわっているが、
実は今回の蓮生寺さんも直実こと蓮生ゆかりのお寺の一つ。

蓮生寺

ちなみに山号は熊谷山というから、わりとネーミングも直球である。

京都で修行していた蓮生だが、故郷の母を見舞うべく熊谷に帰郷の際、
藤枝にたちよったそうだ。
そのときのエピソードが、この蓮生寺というお寺の開基にまつわる話
『質に入れたお念仏』である。

今回は2月の『My town』でもご一緒した山田愛さんと、

IMG_5772.jpg


18362505_1351149514965152_1713807567_o.jpg



劇団に所属していた経験もある松尾勉さんとご一緒にお届けする。

18318611_1058180580963821_1621686872_o のコピー


音楽はおなじみムッシュびあぼんさん。

写真:ムッシュびあぼん

6月9日(金)19時     於 蓮生寺
第一部
『松岡様!蓮華寺池は命の水ズラ!』
蓮華寺池の埋め立て中止を求めて奔走する市部村と五十海村の名主忠五郎と仁平。命がけの談判の相手は静岡藩の水利路程掛、文武両道の達人として名高い旧幕臣、松岡萬。

第二部
『蓮生寺開基秘話質に入れたお念仏』
身ぐるみ剥がされた旅の僧蓮生坊は、ケチな福井長者に借金を申し出る。質に入れるものがなければ金は貸せないという長者に、蓮生坊は静かに念仏を唱えると………。

会場:蓮生寺(〒426-0018 静岡県藤枝市本町1丁目3−31電話: 054-641-2156)
動読:奥野晃士、山根紗智子(びくの会)《山根写真》、
    ゲスト松尾つとむ(政治家)  《松尾写真》
演奏:ムッシュびあぼん(民族楽器)

特に地元の皆様には楽しんでいただけたらと思う。


IMG_6556 のコピー
IMG_6484 のコピー


ではまた!



奥野晃士

蓮華寺池を埋め立てから守った地元農民と松岡萬

グリューエッツィー

5月も今日で終わり。
2014年7月にスイスに来て以来、毎年春先は日本で活動していたせいで、
今年はじめて5月のスイスを体験したのだが、朝夕は少し肌寒いけど、昼間はプールで泳いでもいいくらい暖かく
なかなかいい季節だった。

そんな中、6月9日蓮生寺で開催する歴史演談『松岡様!蓮華寺池は命の水ズラ!』を書き上げた。
蓮生寺は蓮華寺池のほとりに位置しているので、
このテーマの作品を上演するのにはぴったりのお寺だ。

蓮華寺池を埋め立てて田んぼにしようとするお上の意向に対して
命がけで中止を訴える忠五郎と仁平という地元の名主が談判して
沙汰止みをうったえたという実話をもとにした物語だが、
談判の相手というのが静岡藩の水利路程掛であるこの松岡萬である。

1208_009-1.jpg

一般的に彼の名前はさほど知られていないのであるが、
牧之原開拓幕臣の物語をライフワークにしている私からすると
憧れる幕臣の一人である。

「学問もあり剣術にも長じ、骨格魁偉、膂力衆に勝れ」と言われた松岡に談判した
二人の名主の覚悟も相当だっただろう。

松岡の武勇伝も様々だが、
熱烈な尊王論者であった松岡のエピソードの中でも、
井伊直弼の「安政の大獄」で処刑された頼三樹三郎の片腕を小塚原の刑場から盗み出し、
神棚に供えて祀ったというのが有名。

維新後、徳川家が駿府藩70万石として存続することになり、
再び駿府城下が徳川駿府藩の管轄となり、
慶応4年(1868年)、徳川慶喜が駿府の宝台院に入ったおり、松岡は新番組(旧精鋭隊)の隊長として
隊士50人余を率いて宝台院まで警衛した。

その後、中條景明らと牧之原開墾に力を尽し、静岡藩水利路程掛としても活躍。
さらに、新門辰五郎の協力を得て、磐田郡幸浦湊浜(福田町)の製塩事業もすすめた。
静岡藩の役人としての仕事ぶりは
私情を交えず徹底的根拠をとり、弱いものの立場に立った仕事ぶりから、
地元農民に「松岡さま」と感謝され、磐田市の地主神社と藤枝市岡部の飛竜神社の境内に、
生き神様として祀られたほど。

明治の頃の日本は本当に偉かった。
徳川幕臣は歴史小説などではボロクソだが、
本当に優秀な人は幕臣の側にこそいたんじゃないかと思う時がある。

成功するにはいじ汚かったり、ハッタリをかましたり
アドリブが利くほうがのし上がっていくという様子が、
幕末明治にもみられるが、
彼ら武士道を貫いた幕臣のはなつ美しさには凄みがある。

歴史演談ではその辺もぜひ伝えていけたらと思います。
IMG_6556 のコピー
IMG_6484 のコピー


ではまた!



奥野晃士

該当の記事は見つかりませんでした。