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おくぬ〜の『来た球を打つ!』

スイスと日本で活動する舞台俳優奥野晃士(あきひと)のブログ。

『坂本龍馬を斬った男』が義理の父!?型破りな女流歌人、今井邦子

こんにちは!

昨日の便で無事スイスから帰国し、
静岡入りしました。

今朝は11/12に上演させていただく新光明寺さんにご挨拶に行き、
(すばらしいお寺です)

新光明寺 入り口

池田の森のマルシェに行ったあと、
東壽院で開催された(こちらもパワースポットです)

東壽院

月琴の永田さんとSpac関根さんの『月琴で綴る龍馬の手紙』に行ってきました。

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なかなか生で演奏を聴く機会もない龍馬や龍馬の妻のお龍もたしなんだ月琴にのせて、
龍馬暗殺から150年、手紙や文献から龍馬にアプローチでき、とても贅沢な時間でした。

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『龍馬の手紙』上演と、はからずも1日違いの明日10月29日、
横田のマルヒラ呉服店におきまして
『坂本龍馬を斬った男〜今井信郎の半生〜』を上演します。

マルヒラ今井信郎チラシjpeg

龍馬没後150年目の今年、
謎に包まれた彼の死の真相を江崎惇さんの『侍たちの茶摘み唄』をベースに
読み解きます。

この作品は2015年スノドカフェ七間町で上演したのが最初ですが
大変な反響をいただき、今回再々構成をさせていただきました。

今年の夏には大阪門真願得寺
門真フィルムコミィッションの奈須崇さんのプロデュースで実現しました。

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大正時代を代表する女流作家の今井邦子役を
奈須さんのつてで、
私が大阪でしがない劇団をやっていた90年代に
関西を代表するトップランナー劇団の一つだった
ランニングシアターダッシュの押しも押されぬ看板女優で

風のピンチヒッター

関西演劇界のスター女優だった、佐久間京子さんに友情出演していただいたことは本当に嬉しかった。

佐久間さんと

演奏は浜松から永吉真弓さんが駆けつけてくださり、
安心してつとめることができたし

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河内のほうからは1994年に私が心斎橋のウィングフィールドで旗揚げ公演をした時に出演してくれた
199Q太陽族の旧姓金田典子ちゃんもかけつけてくれたりと、

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感謝感謝の1日でした。

今回はマルヒラバージョンということで、
今井邦子を左口三恵さん、
演奏をムッシュびあぼんさんで上演させていただく。

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このトリオでは2016年に一度顕光院で上演させていただいている。

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急遽にもかかわらず、友情出演してくださった左口さんの醸し出す世界は、

左口さん

美人女流作家だった今井邦子のイメージにぴったりだった。

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女流歌人として大正時代を代表する今井邦子は、
徳島で生まれたが、二歳の頃に父の郷里の長野県諏訪町の祖父母のもとに預けられて育つ。
幼い頃から文才に長け、文学少女の憧れだった文学誌『女子文壇』に作品を投稿、度々入賞、
キリスト教の洗礼を受け、賛美歌等よりインスパイアされさらに作品も成熟していく。

祖父の死後父母と暮らすが結婚を無理強いされるのを嫌って家出。
東京で中央新聞社の記者をしながら山田邦子の名前で作家活動を続ける。
そこで同社の記者だったの後の衆議院議員、今井信郎の次男の今井健彦(たけひこ)と知り合い、結婚する。

その時、初倉村の今井信郎に会いに行った時の唄が『光を慕いつつ』という作品集の中に登場しているのだ。

だがその後も、育児や結婚生活に悩み、何度か家出しているが、
美人で利発で度胸があって、芸術的才能に長け、型破りなところなんかは
幕末明治を生きた坂本龍馬の妻お龍や、
ハリスに仕えた下田の芸者唐人お吉に通じるところがあるような気がする。

ちなみに諏訪町には今井邦子記念館がある。


11月12日の新光明寺さんでの回は、
永吉真弓さんの演奏に乗せて、
地元在住のお二人、チーム足久保(?)の
海野清依さんと山本克巳さんに出演していただく。

《チラシ》新光明寺 

海野さんはデザイナーとして活躍されており、
山本さんはこの日もてい茶していただく日本茶インストラクターの大川さんの同志。
ムッシュびあぼんさんも知るマンドリンの名手だそうである。

静岡であの時代何が起こっていたのか………

『坂本龍馬を斬った男〜今井信郎の半生〜』
ぜひお楽しみに!

11月3日には菊川で初代静岡県知事関口隆吉に挑戦します。
ぜひお越しくださいませ。

関口隆吉の生涯チラシ



ではまた!


奥野晃士

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富裕県の礎を作った初代静岡県知事 関口隆吉について

Grueezi

こちら毎日晴天つづき、
今日くらいから冷え込みが厳しくなり、
いよいよ秋も終わりに近づいてきたようです。
台風の中の衆議院解散総選挙でいろいろ大変なご様子ですね。
10月26日のフライトを前に、
今回、菊川アエルさんと劇団静岡県史さんのコラボ企画で実現した
『初代県知事は最後の侍〜関口隆吉の一生〜』はの準備のため
彼の半生を紐解くと、

関口隆吉 写真

静岡の歴史、特に徳川の歴史をライフワーク的に取り組んでいる者にとって
大きな金字塔のような存在である彼の清廉潔白さ、洞察力、実行力、人情味、人心掌握術等々
それらは政治家の鑑といっても過言ではない。

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関口は天保の大飢饉の年である天保7年に江戸で生まれた。
幼い頃より利発な子として注目されていたらしく、
13歳で斎藤弥九郎の練兵館に入門して剣の修行をする傍ら、
斎藤弥九郎

兵学や砲術、儒学などを修めた。

尊王攘夷の思想が強く、開国派の勝海舟に斬りつけたこともあったそうだが、
馬上の勝の鐙(あぶみ)を刀が捉えたおかげで海舟は無傷のまま馬を走らせ、難を逃れた。
勝は後年、関口に手紙を書く際、「鐙斎(とうさい)先生」と書いてよこしたという。
仮にも一時は自分の命をも狙った男に対し、洒落っ気のあるニックネームで書を送るなど
共に真剣勝負で時代を生きた男同士にのみ通じるユーモアかもしれない。

父の隆船の実家が御前崎ということもあって、
明治維新のあとは御前崎にも近い菊川に居を構え、
牧之原の茶畑開墾に精力を傾ける。

牧之原開墾は私がライフワークとして取り組んでいるテーマであるが、
牧之原にとどまった幕臣に注目しがちなので、関口はもっぱら脇役中の脇役である。
しかし、静岡の幕臣にとっても、薩長の新政府にとっても
この関口こそが新時代における地方行政に安定をもたらした
キーパーソンではないかと思える節がある。

その最たるものは長州藩士たちとの太いパイプである。
これは長州藩士が数多く入門してた斎藤弥九郎の神道無念流練兵館道場に
通っていたことが大きいといえる。

ちなみに関口が通ってた頃の塾頭は三歳年上の桂小五郎こと
明治三傑のうちの一人木戸孝允。
剣の腕は当代随一の達人であった。

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牧之原開墾のリーダー中条景昭、
サブリーダー大草高重は
神奈川県令、山梨県令を打診されたが、
新政府への出仕を潔しとしなかった。

また150年前に起こった謎がおおい坂本龍馬の粛清の実行犯とされる
今井信郎も途中から初倉に入植、
地元の農業の発展に力を尽くし、第四代初倉村村長をもつとめた。

『坂本龍馬を斬った男〜今井信郎の半生〜』についてはこちら

しかし関口は福岡県権参事、山形県令、山口県令、元老院議官、地方巡察使をへて
静岡県令そして初代静岡県知事を拝命し、結果を残した。
いずれも不平士族がくすぶる波乱に満ちた土地。
中でも長州閥が権勢をふるう新政府で、山口県令をまかされたのは
よほど信頼されている証拠であろう。
裏では木戸孝允の強い推薦があったそうである。

西南戦争の前年、彼が山口県令の時に前原一誠の萩の乱が起こり
関口は見事な采配でこれを即座に鎮圧し、首謀者7名を生け捕りにしている。

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新政府の高官であった前原とも交友のあった関口は、
処刑の前夜までたびたび獄中の前原らを見舞い、
酒と肴で彼らの心を慰めたという。

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そんな関口は静岡県知事として、殖産興業を推し進め、
お茶をはじめ様々な産業が静岡県を豊かにし、
富裕権の礎を築いたが、
53歳の時に列車事故で足に重傷をおい、
破傷風にかかりこの世を去る。

自分は静岡県知事であるから、静岡の医者に治療をしてほしいと
最後まで東京から医者を呼ぶことを拒み続けたという。

徳川慶喜も前年山岡鉄舟が亡くなったあとだっただけに
共に忠実なる家臣であった関口の死を悼んだ。

そんな関口の偉業の一端に触れるのは少々おこがましいが、
関口ゆかりの地で彼を偲びつつ、上演できたら幸いである。

演奏はパーカッションの永吉真弓さん

‰永吉真弓さん写真


関口隆吉の生涯チラシ

初倉村村長は龍馬暗殺実行犯? 今井信郎について。

グリューエッツィー

スイスは晩秋って感じですが、
ここのところ、昼間はTシャツで出歩く方々もみかけるくらいあたたかく
晴天が続いている。

幕末の英雄といえば、何と言ってもダントツの人気を誇るのが坂本龍馬だ。
私自身も中二の時に『竜馬がゆく』を読んで心酔した。
当時使ってた歴史の教科書に坂本龍馬の写真がないのを大変不満に思った記憶がある。

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その龍馬の暗殺は幕末最大のミステリーと言われ、
黒幕はいまだにはっきりしない。

龍馬が中岡慎太郎とともに暗殺されたいわゆる近江屋事件が起こった1867年当時は、
新撰組が疑われ、
龍馬の率いていた海援隊が新撰組に報復するという事件もあったとか。

だが、現在では京都見廻組佐々木只三郎以下6名の仕業とされているが、
実際に龍馬を仕留めたのが、今井信郎だと言われている。

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彼の経歴は、18歳で龍馬の師匠である勝海舟と同じ直心影流を学び、
20歳で免許皆伝、講武所師範代を拝命。

「片手打ち」という必殺剣を編み出し、
道場破りにきた水戸藩士に防具の上からこの手を用い、
死亡させたということから、師匠の榊原健吉から禁じ手とされたというから
幕末きっての腕利きだったようだ。

京都見廻組にも邸宅を用意されたりと、鳴り物入りのエースとして迎えられたらしい。

戊辰戦争を転戦し、衝鋒隊(しょうほうたい)の副隊長として各地を転戦して
その勇猛果敢な戦いぶりから新政府軍を震え上がらせ、
箱館まで戦い抜いたのち、新政府による詮議の結果静岡で恩赦をうけたのが明治6年。

そのあと学校を経営したり、県の吏員に採用されたり、
西南戦争の鎮撫隊の中隊長になったりしてるが、
結局西南戦争には間に合わず、牧之原に入植、
茶畑の開墾農事に専念し、最後は初倉村村長までつとめている。

なぜ私が彼に惹かれるかというと、
与えられた環境で全力を尽くす性分だったことが推察されるからだ。

龍馬暗殺の夜も、誰が斬り込むかをくじ引きで決めたそうだが、
最初三の太刀だったのを強引に引き直しをたのみこみ
望み通り一の太刀になったそうだ。

ちなみに京都見廻組は、京都の治安維持をおこなう旗本の腕利きが集まった警察隊
新撰組と同じく京都守護職であった会津藩あずかりの集団だった。

この時龍馬は前年寺田屋に捕り方に踏み込まれた時
ピストルで役人を二人射殺していることから、
幕府からすると危険人物で、
「同宿者がいれば斬りすて勝手たるべし」という命令だったことから、
暗殺ではなく、公務執行といえる。

では龍馬暗殺の黒幕は誰か?

今井は後年、龍馬暗殺の指示は幕府重役の永井玄蕃から下されたといっているが、
龍馬が手紙で永井は同志なりと書いていたりするほど信頼をよせていた人物。

むしろ最近発見された会津藩士で佐々木只三郎の実兄の
手代木直右衛門(てしろぎすぐえもん)の手記の中に、
佐々木に龍馬暗殺を指示したとの記述がみられることから
会津黒幕説をとなえる学者さんもいる。

西郷隆盛が今井信郎の赦免に圧力をかけたという話もあり、
薩摩黒幕説も根強くあるが、
龍馬の死後、現場が土佐藩邸と目と鼻の先だった近江屋だったことから

西郷「土佐藩の連中はなぜ龍馬をむざむざ死なせたのか!」

と号泣したという逸話が残っているし、
未亡人となった龍馬の妻のおりょうが生活に困窮していた際、
唯一助け船を出したのが西郷だったというエピソードもあるから、
やはりこの時の最も龍馬が目障りだったのが京都守護職だった会津
もっとも黒幕として有力ではないだろうか。

しかし、もし会津が黒幕だったとしたら………

慶喜打倒を標榜していた薩長主導ではなく
大政奉還の最大の功労者として、
慶喜を新政府の中枢に据えようとしていたとされる
龍馬が生きていたら、
ひょっとしたら会津があんな滅ぼされ方をしなかったかもしれないと思うと、
ちょっとやりきれない思いも残る。


今年は坂本龍馬暗殺から150年、今井信郎の100回忌でもある。

初倉在住の郷土史家塚本昭一先生によって、
『白雲の魁』という本が今年出版されたが、
今井信郎の人生についてはこれに詳しい。

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ちなみに先生は丹念に調べられた初倉の幕臣たちの顛末記などを
多数自費出版されているが、
『遺臣の群像』は必携の書だ。

また,

今井信郎の暮らした屋敷跡の整備と、

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今井の顕彰を目的としたNPO初倉まほろばの会が6月に発足され話題になった。

✳︎初倉まほろばの会の記事はこちら

明治という時代にも、あれだけ剣を使える人なのに
後から入植した牧之原で開墾にいそしみ
周囲の信頼を得て村長までつとめる自己変革を成し遂げるなんて
並大抵ではできないと思う。



11月11日(土)13時から
今井信郎の菩提寺だった島田市初倉の種月院で、
今井信郎100回忌法要が執り行われる。
私も塚本先生の書いた『聖夜の刺客』を朗読させていただく。

(今井は後半生をキリスト教ととして生きたと言われている)



今年ぜひ多くの方に知っていただきたい今井信郎という人物
静岡で活躍中の西洋占星術の杜香里さんのご主人は
今井信郎のご子孫にあたる方。

✳︎杜香里さんのホームページはこちら


静岡市内で開催させていただくのはこの二箇所です。

まずはおなじみマルヒラ呉服店

左口三恵さんとムッシュびあぼんの三人でお届けします。

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そして今回はじめて開催させていただくお寺は
11月12日 足久保の新光明寺

地元拠点に活躍するデザイナーの海野清衣さんと、
日本茶インストラクター集団山本塾塾長の山本克巳さんにご出演いただく。
演奏は永吉真弓さん。

《チラシ》新光明寺 

坂本龍馬が好きな人もそうでない人も、
今井信郎という類稀なる剣豪を通じて
時代の真実をぜひ語れたらと思う。




ではまた



奥野晃士











白隠さんが日本人にもたらしたもの

グリューエッツィー

3日のフライトでスイスに来ました!
今回は8月に関西から始まったので、関空着だったのですが、
帰るときは伊丹7:50発のANAだったので、
10月1日但沼の東壽院さんで開催させていただいた
『白隠演談とトークの夕べ』の翌日には雨の伊丹に移動し、
一泊して6時すぎには空港に足を踏み入れていた。

東壽院夕日


白隠演談ではムッシュびあぼんさんの素晴らしい演奏のもと、

びあぼん写真

曦友紀さん飯田暁子さんという地元の方々との共同作業によって実現した。

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当日はこれまでにない多くの檀家さんのご来場に加え、
沼津や東京からわざわざ来てくださったかたもいた。

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『子育て白隠』は、もともと沼津の照江寺に伝わる紙芝居をモチーフに
正受老人との修行の日々を加えた世界初演(!?)作品。

ほとんど初舞台の地元の方々とのコラボだったが、二人ともとてもいい表現をしてくださった。

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お茶の文化は臨済宗の宗祖栄西禅師によってもたらされたが、
今回もTea Plants の大川さんにてい茶をお願いし、
香り高いお茶を入れてくださった。
お水は東壽院の湧き水を使用。
但沼の奥の茶農家さんのお茶を使用といういつものこだわりでした。

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曦住職との対談もよい話がいっぱい伺えて私自身勉強になったのだが、
中でも、白隠42歳の秋、十代の頃に読んだ法華経はその素晴らしさがわからなかったが、
この時、鈴虫が鳴く夜、あるお坊さんが法華経を読んでいるのを聞いていた時、
白隠は法華経の本当のありがたみを悟り、号泣したという。
その時に詠んだ

    衣(ころも)やうすき
    食やとぼしき
    きりぎりす
    聞きすてかねて
    もる涙かな       白隠禅師

という歌には絶対の境地を悟った白隠の心情が反映されている。

コオロギの鳴く声を聞いて、
あのコオロギも寒くないか、お腹をすかしていないかと
心配して涙がこぼれたという、
感情移入もここまできたら極地だなと思える境地だと思う。

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『駿河にはすぎたるものが二つあり 富士のお山と 原の白隠』と
富士山と並び称された白隠さんは、難行苦行に徹するだけでなく、

書画を通じて人々に仏の心を伝え、
軟酥の法を通じて健康法を伝授し、
今世界中に普及しているZENの源流たる臨済宗を復興させ、
紫の衣を辞退して黒衣のままで社会との関わりを持ち続けた。

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彼の存在がその後の日本人に与えた影響は計り知れないのではないだろうか。

日本人とポリネシア人は虫の声を言語として左脳で処理しているそうであるが、
白隠の万有愛護の精神は、そんな日本人の感性をより繊細にし、
江戸の平和の中類稀なる文明へと熟成させていったのではないだろうか。

のちに明治天皇より国師の称号が与えられたのだそうだが、
これも臨済禅を徹底的に修行した幕臣、山岡鉄舟の働きかけが大きいという。

幕末明治の難局を主導した山岡しかり勝海舟しかり西郷隆盛しかり、
彼らは徹底的に禅を修行したことで共通している。

有色人種の歴史はここ500年は特に、白人支配との戦いであるが、
日本人には考えられない獰猛さをもつアーリア人の侵略に対して
「座して死を待つより戦って死ぬ」という日本人の誇り高き精神は
アメリカンインディアンのそれと似ている。

しかし、ほぼ絶滅の憂き目をみたアメリカンインディアンに対し、
日本ではペリー来航以来、侍が近代化を推し進め、国力を増し、

日露戦争ではロシアを、
第一次大戦ではドイツを
仏印ではフランスを
シンガポールではイギリスを、
インドネシアではオランダを、
フィリピンではアメリカをそれぞれ撃退し、
第二次大戦では大空襲で都市は焦土と化し、二発の原爆を落とされ、
滅亡寸前にまでおいやられたが
その結果白人の植民地支配は崩れ去って
アジア人のためのアジアが誕生した。

そこに至る基礎は、なんといっても
西郷隆盛と山岡鉄舟が静岡の伝馬町で会談したこと、
その後勝海舟との会談で江戸総攻撃は回避され
無血開城が実現したことで、
徳川慶喜が恭順を貫き、幕臣がそれに従って
敗けを受け入れ続けてくれたからこそ、
国力を温存できたことだと思う。

そんな侍たちが完成させた哲学というか、武士道(鉄舟が名付け親)というものが、
日本人の道徳の基礎を形成していると言われるが、(新渡戸稲造のベストセラー『武士道』)
この武士道は神道、仏教、儒教のハイブリッドであると言われる。

神仏儒混合のなかでも、仏教が果たした役割はとりわけ
『禅』の思想が武士にもたらした影響が大きく、
死への恐怖をも克服する戦場での思想に大きく反映されたという。

日本は宗教にたよらずどうして道徳を保つのかという外国人の問いかけに
新渡戸が『武士道』という著作で、これが日本人の道徳であると示し、
世界的なベストセラーになったので、
セオドアルーズベルトも周囲にこの本をすすめたほどだったとか。

そんな武士道の中核である仏教における禅の思想は
江戸中期に白隠禅師によって体系立てられたというから、
もっと知られてもいい偉人には違いない。

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スイスは秋風に落ち葉が舞う季節になっております。
帰国は10月27日、10月29日にはマルヒラ歴史演談vol.4を企画しております。
演目は坂本龍馬暗殺150年の今年につき、

『坂本龍馬を斬った男〜今井信郎の半生〜』です。

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日時:平成29年10月29日(日) 18時00分開演(17時半開場)
参加費:2000円
会場:マルヒラ呉服店
(〒420-0835 静岡県静岡市葵区横田町8−13 電話: 054-252-2872)
お問い合わせ :街援隊アートムーブ
TEL :09039271440 (奥野)
gaientai.am@gmail.com
マルヒラ呉服店:054-252-2872

出演 : 奥野晃士、左口三恵、ムッシュびあぼん(民族楽器)


明治維新で負けてくれた徳川家は明治をどう生きたか
彼らの生き方こそ崇高だと思います。
乞うご期待!







奥野晃士








白隠禅師の世界

こんにちは

いよいよ今期最後のイベント
『白隠演談とトークの夕べ』本日本番です!

白隠布袋開帳

「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山と原の白隠」と、
富士山と並び称された白隠禅師は500年に一人の名僧といわれたのであるが、
禅病になるくらい徹底的に禅に取り組んだのみならず、
何がすごいといってだれにでもわかりやすく、藝術というアプローチで、
禅の世界を人々に伝えたところだ。

白隠すたすた坊主

80歳くらいまで長生きをし、晩年には著作も多く遺し、
エネルギッシュでユーモラスな書画作品の数々は
老いてなお創作意欲を燃やし続ける情熱を感じる。

大悟したのが42歳、男性の厄年にあたるのも
おもしろい。

白隠禅師のことを熱心に追求している一人
ライターの鈴木真弓さんにすすめられた花園大学の吉澤勝弘先生の
『白隠禅師の不思議な世界』によると
途絶えかけていた臨済宗を復興し、世界の広まったZENの基礎を作ったのが白隠禅師であるとか。

静岡には白隠禅師が修行したお寺が数多く残っている。

11月18日にかけがわ茶エンナーレで『茶話演談』をやらせていただく貞永寺もそうだとか。

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なぜ、彼がそこまで人々から尊敬されるのか、
じっくり白隠禅師にせまってみたいと思う。

今回は東壽院の曦住職にお話いただくだけでなく、
美人奥様の友紀さんと、興津の飯田暁子さんに
ご出演いただけることになった。

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白隠禅師没後250年の今年、
この偉大な禅僧を見直すきっかけになればと思う。

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『白隠演談とトークの夕べ』
 〜500年に一人といわれた名僧が駿河にいた〜

知徳が優れた僧だけにしか贈られない「国師(こくし)」の称号を、明治天皇から与えられた白隠(はくいん)禅師が生まれた沼津市には、白隠ゆかりのお寺や産湯井戸などの貴重なスポットが今でも残されています。白隠禅師没後250年の今年、動読と音楽、そしてトークをまじえながら、地域の方々と一緒に師の偉大なる足跡を振り返る………。
 
2017年10月1日(日)18時
会場:東壽院(清水区但沼町873)電話:054-393-2229
参加費:1000円
※日本茶インストラクター大川雅代(Tea-plan't)さんによる、呈茶サービスあり。

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動読:奥野晃士(あきひと)

第一部
白隠演談
『子育て白隠』
出演:動読/奥野晃士、曦友紀、飯田暁子
   演奏/ムッシュびあぼん(民族楽器)


第二部
白隠トーク
テーマ:「白隠さんが伝えたかったこと」
出演:
奥野晃士(舞台俳優)
曦宗温 (東壽院住職)

お問い合わせ :街援隊アート・ムーブ
TEL :09039271440 (奥野)
gaientai.am@gmail.com



奥野晃士

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