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おくぬ〜の『来た球を打つ!』

スイスと日本で活動する舞台俳優奥野晃士(あきひと)のブログ。

ハイちゃんのメガネ!

昨日もスイスは夜に嵐でした!
そして一気に秋がやってきた感じです。
上着を着ないと風邪をひきそうです。


8月ハイちゃんこと、灰谷孝さんのおのころハウス
日ユ同祖論の講座を開催させていただいた話は昨日書きましたが、


『日ユ同祖論と日本のはじまり淡路島』についてはこちら

ハイちゃん自身は子供の発達支援コーチとして全国を飛び回っており
ブレーンジムなど子供の能力向上のトレーニングで有名な方。
そして独自の研究で人体のバランスを整え、
能力を最大限に発揮するため、
視力と身体の関係に着目し、
独自のアプローチで調整したメガネを着用することによって
身体の能力を向上させる方法を編み出し、
今年外観も素敵なメガネ工房もオープンさせました。


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こちらは週一回、奥さんのゆきさんがカフェをやってます。
天然酵母の美味しいパンが買えたり
自然農法の野菜やら売店も充実してます。
遊ぶところもある空間でお子様にとってはパラダイスですよ。



確かに五感の中でも視力は人間の身体に大きな影響を及ぼす。
周囲の状況がどう見えるかによって、集中力の持続や仕事の質も違ってくるはずだ。
左右の視力のバランスや乱視の調整やバランス、そこに、色が身体に与える影響力というのも加味するという
独自のアプローチでその人の特徴にあったメガネをつくり出す。
そんな彼の理論が結集した
私にとって人生初のメガネをこの日はじめて手にしました。





メガネというものを持ち慣れてない私は、
ついつい無くさないか心配になるので、
いざという時しかつけない感じだが、
つけてると体がとても楽な氣がする。

もともと視力はいい方だったが、最近夜になるとかすみ目になるし、
『古典戯曲を読む会』などで台本を読んでると、文庫本のルビが読めない時がある。

綿密な目の検査をすると、私自身かなりの乱視ということがわかり、
ほとんど右目だけで世の中を見ていることがわかった。

また色によって身体は大きく影響を受けることがテストによってわかった。

私にとってのパワーカラーは赤!

そんな私にとって最適のメガネを調整していただいた。
出来上がったオリジナルの一品です。


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ただし度は入っていませんが、確かに世界が開けて見える。
8月6日の普済寺でのリーディング・カフェではじめて着用しましたが
かなり能力全開でした!





最後は県美学芸員で俳優としても活動しておられる泰井さんと、立ち稽古させていただきました!





メガネをするだけで頭が良さそうに見られるような気が………。
スイスでも着用させていただきます!







ハイちゃんありがとう!




奥野晃士

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日ユ同祖論と日本のはじまり淡路島

こんにちは🌞
スイスに来て早10日ちょっと、
すっかり秋の気配が漂って来ました。
8月3日、淡路島のハイちゃんのおのころハウスで、


「日ユ同祖論と日本のはじまり淡路島」無事終了しました!




18歳まで育った淡路島ですが、
当時の学校の先生も周囲の大人達もほとんど故郷のことについて
誇れる話をしてくれた覚えがない。

思い起こせば、社会の先生が

「足利尊氏が九州に逃げる途中に淡路島に寄って風待ちをしている時、
立ち寄ったお寺の名前が『妙勝寺』だったから、『妙に勝つ寺とは勝機を得る兆し』だと
喜んだ」

的な話をしてくれたことが一回だけあったっけ………。


7月の終わりから実家に帰ってきて、
なんでうちにこんな本があるの?と思えるような今や絶版になってる
秘伝の書(?)を何冊か改めて読み返しましたが、
改めて淡路島という場所は我がふるさとながら、不思議な場所だと思いました。


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そもそもなぜ淡路島とユダヤなのかということだが、
ユダヤ人と日本人の祖先は同じだという説が
明治時代から根強くある。
根拠はいろいろあって、
最初にこの説を唱えたのは、
『日本言語考古学』や『日本ヘブル詩歌の研究』で知られる川守田英二という人物。
言語的な共通点が日本語とヘブライ語はとても多い。


■ミカド(帝)= ミガドル(高貴なお方)
■ミコト(尊)=マクト(王、王国)
■ネギ(神職)=ナギット(長、司)
■ミソギ(禊ぎ)=ミソグ(分別・性別)
■ヌシ(主)=ヌシ(長)
■サムライ(サムライ)=シャムライ(守る者)
■ヤリ(槍)=ヤリ(射る)
■ホロブ(滅ぶ)=ホレブ(滅ぶ)
■イム(忌む)=イム(ひどい)
■ダメ(駄目)=タメ(ダメ・汚れている)
■ニクム(憎む)=ニクム(憎む)
■カバウ(庇う)=カバア(隠す)
■ユルス(許す)=ユルス(取らせる)
■コマル(困る)=コマル(困る)
■スム(住む)=スム(住む)
■ツモル(積もる)=ツモル(積もる)
■コオル(凍る)=コ-ル(寒さ、冷たさ)
■スワル(座る)=スワル(座る)
■アルク(歩く)=ハラク(歩く)
■ハカル(測る)=ハカル(測る)
■トル(取る)=トル(取る)
■カク(書く)=カク(書く)
■ナマル(訛る)=ナマル(訛る)
■アキナウ(商う)=アキナフ(買う)
■アリガトウ(有難う)=アリ・ガド(私にとって幸福です)
■ヤケド(火傷)=ヤケド(火傷)
■ニオイ(匂い)=ニホヒ(匂い)
■カタ(肩)=カタフ(肩)
■ワラベ(子供)=ワラッベン(子供)
■アタリ(辺り)=アタリ(辺り)
■オワリ(終わり)=アハリ(終わり)


などなど。



文字の類似もよく指摘される。


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そもそも

そして、大和朝廷はユダヤ人の影響を強く受けた政権であったとか、
ヘブライ語と日本語の共通点について指摘する書物なども数多くみられる。
ユダヤ人の歴史を語る上で、彼らの先祖で外せない人物がノアである。


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彼が船を作り、地球上のすべての種をひとつがいづつ船に入れ、
大洪水を逃れた話は有名だ。

その息子の一人セムの子孫であるアブラハムが、

「私の示す方へ行けば、私はおまえを祝福し、おまえを大きな国民の祖先にしてやろう」

という啓示を受け、カナンの地にたどり着き、この地を神より授けられた。

しかし、なかなか子供に恵まれず、100歳の時にようやく生まれた子イサク
神の指示どおりに生贄として捧げる姿を神は見て、
アブラハムを信用の置ける人物とみて、彼をいわば民族復活の主役に選んだ。

このアブラハムこそユダヤ人の祖とされており、
アラブ人もまた、アブラハムが86歳の時に別の女性に産ませたイシュマエルを祖となってることからアブラハムにつながる。

また血筋の上では繋がっていなくても、
クリスチャンもまたアブラハムを『信仰の父』と信じていることから
神がかつて約束した予言は実現したことになる。



カナンの地を与えられたアブラハムとその家族だが
孫のヤコブは神と相撲を取って勝ち、
神から「イスラエル」と名乗るように勧められる。


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このエピソードは多くの西洋画家に描かれており
『西洋美術の謎と闇~メメントモリ~』の中にそれらの絵をまとめたサイトがみつかりましたので
こちらをご参照くださいませ。


そのヤコブの12人の息子や孫がユダヤ人の祖先ということになり、自分は何族かということがわかるが、
現在はそのうち、ユダ族とベニヤミン族のみが残っている。


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◆ルベン族…………優れた威厳と優れた力の持ち主。水のような奔放性。少数派。
◆シメオン族………暴虐性。国中に散らされる。
◆ユダ族……………獅子のように獲物によって成長する。王権と指導力。繁栄。自己防衛。
◆ダン族……………己の民を裁く。マムシのような狡猾さ。
◆ナフタリ族………牝鹿のような美人系。善良さ。優雅さ。恵みに満ち足りる。
◆ガド族……………防衛的。勇敢さ。正義感。最良の地を見つける。
◆アシェル族………王の食卓に美味を供える。穏やかさ。
◆イッサカル族……たくましいロバのよう。労働。苦役を強いられる。
◆ゼブルン族………海辺に住む。そこは舟の出入りする港となり、その境はシドンに及ぶ。
◆ベニヤミン族……オオカミのように好戦的。主に愛される者。
◆マナセ族&………大自然の祝福。膨大な恩恵。生産の祝福。地の果て果てまで、
エフライム族  国々の民をことごとく突き倒していく進出力。


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というのも、
その後ヤコブの息子たちはカナンの地を飢餓によっておわれ、
11番目のヨセフが先を見通す力をエジプト王に認められ宰相として君臨していたエジプトに逃れた。

しかし王が死ぬとユダヤ人は奴隷の立場に。

400年後、モーゼが現れ、ユダヤ人を約束の地カナンに導く。

後継者のヨシュアの時代~士師の支族連合の時代~ベニヤミン族出身の美男子サウル王の時代となった紀元前1000年ごろ
イスラエルの国家の基礎が形成され、ペリシテ人との戦闘に苦戦。

羊飼いの青年からカリスマ武将になったユダ族のダビデが紀元前961年、
王として祭祀から油を注がれた。

その後、神より知恵を授けられ、賢者の代名詞にもなったソロモン(ダビデの子)の時、
イスラエル王国は最大の繁栄を謳歌。

エルサレムのモリヤの丘に神殿を建設した。


ソロモン裁判



ソロモン王が死ぬと、ただちに南ユダ出身の息子レハベアムが王位を継いだが、
北イスラエル連合は、重税の軽減を要求するも受け入れられず、
かくして、紀元前928年、「イスラエル統一王国」は南北に分裂し、
10支族の「北イスラエル王国」と、
ダビデを輩出したユダ族とサウルを輩出したベニヤミン族の伝統ある2支族の
「南ユダ王国」の2つの王国に分かれてしまったのである。


ダビデが開いたイスラエルの黄金時代は、わずか70年ほどで南北に分断して衰退の憂き目をみてしまったのだ。


そして北イスラエル王国は、独立後200年、すなわち紀元前722年に、大国アッシリア帝国に滅ぼされてしまった。
北イスラエルの10支族は、奴隷としてアッシリアに強制連行される。

紀元前587年、南ユダ王国は新バビロニア王国によって滅ぼされてしまった。

南ユダ王国の住民はほぼ全員新バビロニア王国へ強制連行された。
これを「バビロン捕囚」という。

その後、南ユダ王国の子孫たちは、新バビロニア王国崩壊とともに解放され、イスラエルの地への帰還を許されたので、
彼らは喜び勇んで故国に帰り、エルサレムの復興と、第2神殿と呼ばれる神殿を再建することになった。

そしてかつてアッシリアに連れて行かれた10支族を探しに行くのだが、
その痕跡はどこにも見当たらず、歴史から消えてしまった。
これが世界史最大のミステリーとも言われる失われた10支族である。


その後ユダヤ人は独立王国を築くことはもはやできず、祭司が指導する神政共同体のような形で生活を続けることとなる。

戦後イスラエル共和国が建国されるまで………


そして問題なのは失われた北の10支族だが、
現在もイスラエルの国家機関アミシャブが捜索している。

事実、アミシャブの研究者は
「文化的考察から日本人と失われた10支族の間に何らかのつながりがあることを否定できない」
としている。


最近はDNA解析も進み、
日本人の遺伝子は中国や韓国人とは全く違っていることが証明された。


父系のルーツを辿ることができるY染色体ハプログループは、数万年にわたる長期的な追跡に適しており、1990年代後半から研究が急速に進展した。それに伴い、現代日本人は従来考えられてきたよりも色濃く古モンゴロイド的縄文人の血を引き継いでいる事が判明してきた。崎谷満の分析では、日本人は主にY染色体ハプログループD1bの縄文系とハプログループO1b2の弥生系を起源とする事が明らかになった。ハプログループD系統はYAP型(YAPハプロタイプ)ともいわれ、現代アジアにおいて支配的なO系統やC2系統とは分岐から7万年以上経ており、最も近縁であり同じYAP型であるE系統とも6.5万年前に分岐した非常に孤立的な系統であると言える。このハプログループD1bはアイヌ人・沖縄人・本土日本人の3集団に多く見られるタイプであり、朝鮮半島や中国人(漢民族)には全く見られない。(縄文人/Wikiより)

このYAP遺伝子は別名「親切遺伝子」といわれ、
日本人特有の縄文からくるものだとされているが、
E系統とされるユダヤ人の遺伝子の中にもなんとYAP遺伝子は発見されたそうだ。

ちなみにD系統はチベットとインドのアンダマン諸島にも保有者がいるそうだが、
中国や韓国人にはほぼゼロというところが興味深い。
見た目はにていても別人種ということになる。
しかもD系統は最も古い遺伝子のうちの一つだそうだ。
アフリカからグレートジャーニーを経て日本に人類が渡ってきたという
従来の説が覆されることになった。

人類の中でも最も古い人種の遺伝子を日本人が多く持つということは
日本から文化が大陸に発信されたとする古代文書『竹内文書』の記述のを裏付けることにもなる。


そして淡路島の神名が『淡路之穂之狹分島(あわじのほのさわけじま)』とされ、
伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)事実洲本市菰江をはじめ、
淡路島の南部には22箇所ものユダヤ遺跡が存在している。


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年代を調べると2700年前という。

ちょうどアッシリアに北イスラエルが滅ぼされた頃だ。
ちなみにコモエという地名はヘブライ語で
「秘の上の菰」という意味があり、
遺跡が埋められていた土地の名とを想起させる。
淡路島にはユダヤの遺跡と呼ばれるものが
22箇所も存在している。


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そんな洲本市菰江をはじめとするユダヤの遺跡の解明は、
親切遺伝子と言われるYAP遺伝子の解明を裏付ける
動かぬ証拠だと思えてならない。

そして私も知らなかったのだが、
日本の立て直しを標榜する大本教という
明治時代に大弾圧を受けた新興宗教団体のカリスマ指導者出口王仁三郎が、
淡路島に井戸を掘って世界を浄化する必要があることを説いていたというのだ。


私が20歳をすぎたころ、
大本教の総本山で合氣道の合宿を行ったことがあったっけ。
ここから先はもうヘビーすぎてちょっとついていけないが、
詳しくは『淡路島に残るイスラエルの足跡』というネット記事に詳しいので
こちらをご参照。


高校二年の時に『くにうみの祭典』というのがあってはじめて
古事記の『国生み神話』のことを知って、
(それも先生からではなかった)
毎年初詣に行く「イザナギさん」として親しまれている神社は
本当は兵庫県で唯一の神宮で、
正式名称を伊弉諾神宮といい、格式も高く、


「淡路島って神話ではどうも日本の始まりらしい」
ということを知った、文化不毛の地で育った田舎者の高校生だった頃を思い出す。

参加者の皆様は本当に真剣に耳を傾けて下さいました。




ともあれ、ますます混迷を深める世界情勢、
しかしキリスト教もイスラム教もユダヤ教がもとになっている。
しかし、今世界に力を及ぼしている白人系ユダヤ人には
ユダヤの血はながれていない、13支族と呼ばれる偽物のユダヤ人(白人系ユダヤ人はハザール帝国の末裔)である。
もし日本人が失われた10支族の末裔であるとしたら、
国際社会で日本人の果たす役割はより重要度を増すような氣がする。
とりわけ、同じD系統の遺伝子を持つ数少ない地域であるチベット人を
中国の侵略から救わないと。
都市伝説が史実になる日も近いかもしれない。

かなり、長文になってしまいました。
最後までお読みいただき感謝です!




奥野晃士

Asumi 先生とあっちゃんin南あわじ

こんにちは。
日本は台風で大変なご様子ですが、
大丈夫でしょうか?
スイスは1日晴れでしたが、一転俄かにかき曇り夜は嵐です。
7月の終わりから実家の淡路島に帰って、
おのころハウスのハイちゃんから依頼を受けた
8月3日の「日本のはじまり淡路島と日ユ同祖論」
の準備を大急ぎでやってましたが、

膨大な資料をまとめるのに時間がかかり、
なかなか焦っていた8月1日、

なんと昨年の2月に開催された
藤枝市と島田市の二市合同公演の「My town」で共演した
Asumi さんが、南あわじ市のmusubiという場所でLiveを行うという連絡が。
これは是非行かねばということで、
父親の軽トラックで実家から一時間かけて南あわじ市に向かった。
淡路には電車がなく、バスも大して便利じゃないので、
車がないと生きていけない。
住所を調べてもものすごい田舎だったが、
南あわじには神話にまつわる史跡も多い。
会場のmusubiは小高い丘に建ち、スイスの農家の建物を思わせる立派な作りの家だった。

開演40分前に到着したらすでに常連さんがいらしてた。
Asumi さんとは「寿歌」の知立と小牧に来場してくれたので、1月ぶりだったが、
あっちゃんとは一年半ぶりの再会、

この三人が淡路島で再会できた事は本当に嬉しいお導きだった。
ちなみにAsumi先生はAsumiさんが演じた役名でもあり、
藤枝市と島田市の間にあるフジマダ市という架空の街が舞台の「My town」に登場する子供達が大好きな先生の役。


アメリカ戯曲の金字塔『わが町』を藤枝市を拠点に活動をはじめたばかりのユニークポイントの山田さんが潤色。
地元の子供達や大人たちが参加し、SPACからも永井健二や仲村悠希が参加したこの作品は
私にとってもとても思い出に残っている作品である。

とりわけ隣り合うふたつの市が協力して一つの作品を作る試みはとても珍しく、
これからの文化行政の先駆け的な取り組みとして話題になった。
Spacという公共劇団に所属している私にとっても、
地域の方々と交流しながら、
プロの俳優の新たな存在意義を見出せたという点ではとてもいい経験だった。

ライブはアットホームな雰囲気の中、とても贅沢な時間で素晴らしかった。

Asumi さんの歌声は相変わらず心に染み入る。

中でも『My town』の主題歌である名曲「大きな木の下で」が流れた時は、
自然と涙がこぼれた。
この曲は、舞台でも出演者全員で歌ったが、
何度歌っても泣けてきたのを思い出す。

会場の皆さまも同感だったようで、
この曲が入ってる劇のサウンドトラックを持っている私は、
間違いなくこの日の観客の中で特権階級にいるという優越感を
味わえたのもまた、共演者冥利につきた。
淡路島にこんなに意識の高いひとたちがいっぱいいらっしゃるなんて
おのころハウスに引き続きの驚きだった。
地元出身の方々もいらしたが、その多くが島外からの移住者で
農業に携わっていらっしゃる方も多く、
これまで関西に帰っても淡路島って、大阪などの文化拠点から遠く離れている場所という頭しかなかったが
わざわざ淡路島を拠点にしている方々と交流させていただくと
淡路島が拠点になり得るんだ!という
新鮮な驚きを感じることができた。
そしてこの淡路島は、
今から2700年前にユダヤ人が渡来したと言われている
古代史ファンからも俄かに注目を集めている場所なのだ。
コモエという地域で発掘されたユダヤの遺跡。
ちなみに淡路でユダヤの遺跡は二十二箇所見つかってるそうだ。

そして、
大本教の出口王仁三郎が日本の立て直しに必要な井戸を掘るために
淡路島を訪ねたというのだ!
またその辺については改めて述べたい。

奥野晃士

ワークショップ『存在感のある身体』と『大阪春の演劇まつり』

こんにちは😃スイスに来て間もなく1週間、
日本での半年間の活動はおかげさまでとても充実した日々でした。
流石に今年の夏の暑さは応えましたが、
特に私にとって嬉しかったのは、
かつての拠点だった関西でも活動出来たこと。
7月16日には大阪春の演劇まつりの主催でワークショップを開催していただき、




大勢の参加者の皆様とも交流出来たのはとても貴重でした。
参加者の皆さまがた、熱心に取り組んで下さり、
本当にありがとうございました!🌈🌈🌈

実はこの春の演劇まつりは
1996年から1999年まで私の主宰していた劇団が参加させていただいてたという経緯もあり
加えて2000年にSPAC-静岡県舞台芸術センターに入団するきっかけを作ってくれたのが
事務局の新保さんだったということもありで、
私が静岡で身につけたスキルをぜひ恩義ある春の演劇まつりの皆様を通じて
関西にお返ししたいという思いから始めたもので、
りゃんめんにゅーろんの高口さんの制作で去年から開催しております。
スズキトレーニングメソッドをベースにしたワークショップなのですが、
ローマは1日にして成らず………メソッドもしかり………ということで、
まずは午前中、私の理解の範囲内で舞台上における身体理論をお伝えする講義を開催。



日本は、ある高名な文明論の先生によると、
一国で一文明を成す世界唯一の国といわれる。
少しばかり歴史を自分で学んでいると、
我々の先祖は、独自の哲学と身体感覚を育ませることに成功したことがわかる。
それはとりわけ、”侍”と呼ばれる人たちによって築き上げられたといえる。

武士道と葉隠-1

彼らは戦士でありながら、戦国時代を自らの手で終わらせ、
自らの手で政を行った江戸時代は、
静岡県立美術館の前館長芳賀徹先生のいうところの、”パックストクガワーナ”と称される
260年余のミラクルピースの時代を迎え、日本は独特の文化を育んだ。

そんな江戸時代こそ侍によって政は行われ
戦いのない時代に自らのレゾンデートル(存在価値)を追求した彼らは、
特権階級にある自らをかえりみて、その地位にふさわしい人間として何が必要かということを追求し
”士道”という哲学を完成させる。

後に山岡鉄舟によって武士道と名付けられ、
新渡戸稲造によって世界に発信されることになるこの価値観の原点は、
戦国時代の戦場を抜きにしては語れないと思うのだが、
この”命を賭して大義のために戦う”という姿は、
高潔な侍の態度であり、現在においても高いとされる日本人の民度は、
実は先人が築き上げてきた貯金なだけのような気さえする。

そういえば英語のvirtue(徳)の語源であるラテン語のvirtus(ウィルトゥース)
元来「男(vir)らしさ」を意味することを考えると
徳のある態度の極限こそ侍の姿だといえるのではないだろうか。

つまり日本の武士道は、
戦いに生きるべき侍が、
平和な時代に自分たちの存在意義を必死で追い求めた結果、到達した
神道、仏教、儒教のハイブリッド哲学であり、
日本人の道徳の原点であり、

今も「真昼の月のごとく」武士道は我々の頭上に輝きつづけているような気がする。

そんな死をも乗り越えたギリギリの境地を生きる武士の身体こそ、鈴木演劇の根底に流れる身体性であり、
その作品をもって世界の演劇人を驚かせた鈴木忠志氏の功績は大きいといえる。

朝早くから劇団未来の演出であり俳優の島くんや、女優の前田さん、三原さん、肉戸さんもご参加くださり、



世界で活躍するダンサーの大前光市さんも
スペイン旅行の日程を繰り上げて空港から直接参加してくださり、



そのほか、自主製作映画の美藤さん、
自ら紡ぎ出した言葉を朗読する実冬さん、作演出にも挑戦する京都の演劇人二階堂さん、
そして利賀村でのトレーニングにも参加するまさよさん、
甲子園から名古屋まで観劇に来てくれた
フットワークの軽いまさちゃん、
そのほか俳優のみならずシンガーさん、ダンサーさんが、
遠くは洪水で大変だった福山市からも、
大阪市の住民でも滅多に足を踏み入れない京阪野江から徒歩五分の
超コアなスペース劇団未来のワークスタジオに結集したことは、
古巣演劇祭へ、わずかばかりの恩返しになったかもしれない。



最後にメソッドを使って簡単な発表をしてもらったが、
何と言っても世界の舞台で踊るダンサーの大前光市さんに
セリフに挑戦していただくなんて、なんという贅沢な試み。
そのあとは直会。
新保さんも混じって和気藹々の雰囲気の中、
私は一日ワークショップをやったせいか、少々ガス欠気味でした。
次はぜひ、若い劇団へ新しい価値観を伝承し、
春の演劇まつりから関西の演劇界のレベルを向上することができたらと思っている。



あと7/28も急遽決まった門真国際映画祭関連企画として
「ハリウッドが愛した侍の身体」として特別ワークショップを開催しました。



なんと当初予定されてた会場が台風の接近により開始一時間前に閉鎖されることになり、
一時は中止の方向に話が進みかけましたが、
帰れなくなるといけないので遠方からの参加者には速攻連絡したものの、
主催者側がいろいろ手を尽くしてくださり、会場を移しての開催に。
座頭市の身体性を重点的に追求する三時間でした。



甲子園から駆けつけてくれるまさちゃんに聞くと
色々面白い映画が門真国際映画祭では観れたとのこと。



昨年は門真フィルムコミッションの奈須さんと十数年ぶりに再会し、
その奈須さんのお計らいで2017年8月、関西で初の歴史演談を、
門真でも歴史のある願得寺さんで開催していただきました!




願得寺の歴史を掘り下げると
いろいろいきあたるような気がする。
他にも門真の歴史を少し調べると、
何と言っても第44代内閣総理大臣の幣原喜重郎の出身地であるということ。
大阪出身というと、堺の鈴木貫太郎とこの幣原の二人しか
総理大臣は出ていないそうだが、
堺は当時関宿藩の飛び地だったことから鈴木は幼少時に本籍の千葉に移転しているので、
門真村で生まれ育った純粋大阪府出身の内閣総理大臣といえるのがこの幣原さんだ。
屋敷跡も現存しているようである。
台風の被害も大したことなくほっとした翌日29日は
春の演劇まつりの後夜祭、



劇団未来の島くんが最優秀演出賞をとりました!
おめでとうございます🎊
初めてお目にかかる人が大半でしたが、
当時の皆さまとも大勢再会し、昔話に花が咲いた。

大先輩の皆さままだまだ元気で驚くばかり。

大阪の演劇界の発展のために、ぜひ頑張っていただきたい!
奥野晃士

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